うちは人間でありながら、人間の死体というのをまだ一回しかみていない。その一回もおじちゃんの葬式のとき一回きりだ。

休み中からもやもやしていたらこういうエントリーを見つけた
自分の感受性ががらりと変わったのを実感
今までの日記を見返す
それと同時にはてぶをばらばらと捲る
自分がどう遷移してきているかがなんとなく掴める
確かに残してきた足跡
違う書きたいのはこんな事じゃない



人体の不思議展で剥製にされたヒトに触れた
細かにアーティスティックに開かれたヒトの中を
最初は吐き気がした
それは生々しさから来るものではなく
余りに人工的すぎたから
白くなった内臓をみてモツ煮みたいだなって思った



小さい頃に何かの戦争の写真展に連れて行かれた事があった
何処でやっていたかも覚えてないけれど
そのモノクロの写真に写っている鈍い光を放つ抉られた臓器に眼を奪われた
脳に焼きついた生理的嫌悪感
よくわからないけれどこれはいけないものだ
漠然とそう思った
見ちゃいけない
忘れなきゃとも



無邪気に遊んでいて高いところから落ちた事があった
手や顔にひどい怪我を負った
痛いなぁと思って顔を手で覆った
冷や汗か手がぬるぬるして気持ち悪いと思った
手を放したら掌が真っ赤だった
写真を思い出した
これが初めて死を実感した光景だった
今でもよく覚えている
それから身近な人の死も幾つか経験してきた



死っていうものは決して美しいものじゃない
死んで無になるという事もない
死んだ先に何も無いなんて想像力の無い人間がいう事
子供達にこういう死生観を伝えるにはどうしたらいいか
未だ霧の中にいる