赤子が家に来てから

なんというか、リミッターを全て外して限界に常に挑まされているような。
24時間戦えますかとか幾度とか、セーブしたら二度と戻れないダンジョンだったとか、懐かしさすら感じる理不尽を味わっている。
その理不尽も楽しめるのは、子どもがかわいいからなのか。自分も多少は成長したからなのか。

子供一週間

生後三週間。
眠い。一日目は慣れない環境のせいで一時間毎に起きてはミルクの繰り返し。
二日目からは三時間は眠ってくれるようになった。
時間がいくらあってもあっという間になくなる。
24時間、常に電話が鳴りっ放しな開発環境という感じ。
なんというか腕の見せ所というか。高すぎる山というか。
楽しいけど、辛い。かわいいけど辛い。けどやる。がんばれる。という途轍も無くやり甲斐のある仕事の始まり。



子供を育てて社会に入れるということは社会に対して借りを返す事のひとつなのだなと思った。
好きな漫画の中のセリフに
「ちゃんとした大人ってなんですか?」
「まっとうに、借りたものを返せるという事だよ」
というやり取りがあったのを思い出した。
まっとうな仕事をする。と同じように、社会的に価値を生み出すという、いろいろな借りを返す手段の中のひとつ。
僕は社会に対して大きな借りがあって、
こうやって年を重ねられたことや、
受けてきた教育。
友達や人間関係。
美味しい食べ物や、自分の趣味。
社会がなかったら、実現できていたことはほとんどない。
今の社会を創ってきた先人達が居て、僕が居る。僕のあとにも続く子供たちが居る。

日々、微力を尽くしていくしか自分にはないのだけれど、
なんとなく、
もう少し頑張らないといけないかもなと思った。

仕事から帰ってきたら

家族のご飯作って、赤子をお風呂に入れて。
なるべく起きていられるだけ起きておいて、赤子が起きたときに対応できるように待機。
しかし、夜中の三時辺りが限界。
せめて休前日は朝まで面倒を見てやって負担を減らせたら…